今年も行こうと思っていた先輩の営む山間の秘湯温泉に出かけてみた。ここは車の送迎以外は歩かないとならない。昔は登山者を迎え入れるような山荘だったようだ。
本当ならゆっくり一泊で訪れたいところだが、今年は日帰りとなってしまった。ならば、日の出と共に釣りをしながら登り、途中の支流に入って楽しんでから温泉という計画を立てる。

日曜日に仕事を終え、深夜、ゲート手前の駐車場に到着。50台ほど停まれるスペースの1/3は埋まっていた。ほとんどの車はここから先の宿に宿泊している人なのだろう。しかし、窓ガラスが微妙に曇った怪しき車も数台。出発時にうち合わせすればよいかと寝袋に潜った。

日の出と共に目を覚まし、ゆっくり準備しているとドアの閉まる音が聞こえる。慌てて後を追い林道から遊歩道に入るところで追い付いた。その方も本流を釣り上がり温泉までという。私は途中の支流に入り、その後、温泉というコースで話がついた。

その方と別れ遊歩道を進み、支流の入口にある滝に着いた。この滝は高巻きしなくてはならない。滝から先はゴルジュになっているらしい。しばし探すと右岸側に踏み後。登り切るとトラロープが垂らしてあった。それを利用して渓に降りる。
渓は深く薄暗い。一人では恐いくらいだ。ここで忍ばせてあったクマ鈴を引っ張り出してバックパックにくくり付けた。流れはこの夏の渇水により細い。魚がいるのか不安になる。
しばらくは小さい岩や砂利の多い渓相だ。
少し遡ると覆い被さっていた木々に隙間が出来はじめ明るくなり、川底がナメへと変わった。渇水の影響なのかコケが多く滑りやすい。水の多いときに訪れたら気持ち良いのだろう。

しばらく釣り上がるが全く反応が無い。適当に準備をしてきたフライが底をつき始める。濡れたフライを取っ替え引っ替え乾かしながら釣り上がった。

小さな落ち込みに餌釣りのようにフライを落とすと小さな飛沫が上がった。15cmほどのイワナ。腹の白いイワナだった。
その後も同じサイズのイワナを釣るがシャッターを切る前に逃げられてしまった。
その後、走る魚は見れども私のフライへの反応は無い。時計を見れば下り始めようとしていた時刻となっていた。せっせ竿を畳みバックパックに縛る。完全とは言えないナメ床の石や岩を避けながら下った。

横になり朽ち始めたブナの巨木を飛び降りると「キラキラ」と光るものが目に入った。私のマルチプライヤーではないか!偶然にも遡る時と同じルートで下り見つけたようだ。
このマルチプライヤー、今までに何度か落としているが必ず手元に戻ってきている。何かで繋がっているのだろうか。

遊歩道に戻り本流沿いに温泉へと向かう。途中、本流にも入ったが全くという感じなので諦め、「今日は温泉がメインだろ」と自分に言い聞かせた。

昼になり腹も減っていたので、気持ちの良さそうな河原に降りラーメンを食べていると、朝の釣り人が遊歩道を降りてきた。状況を聞けば、反応は悪く「これだけでしたよ」と魚籠の中から20cm前半のイワナを出してくれた。

温泉に着くと感じの良い受付の方が出迎えてくれた。先輩の顔が見えないので私の名前を告げると「今は下に降りていて3時前にならないと上がってこないのですよ」とのことだった。あと1時間ほどだったので温泉に浸かりしばらく待たせてもらうことにした。濡れたゲーターやソックスも乾くだろうし。

滝見の露天風呂に行くと定年間近と思われるご夫婦が入っていたので違う風呂に入る。
晴天の昼間に露天風呂でゆっくりする、なんと贅沢な時間の過ごし方だろう。でも引き始めた汗がハゲ頭からドッと吹き出したのはまいったが。

風呂から上がり受付の方と世間話をしていると「困ったお客さんだよ」とホウキを持った宿の方が来る。聞けば廊下に小さいヘビがいるという。その方はちり取りを探しにいったが、小さいシマヘビだったので捕まえて外へ逃がしてやった。子供の頃の経験が役に立つものだ。

ゲーターが乾いたころ先輩が車で登ってきた。聞けば健康診断だったそうだ。
紅葉の時期、ここから向こうへの縦走ルートなど、しばし談笑し重い腰を上げ登ってきた道を下り始めた。

遊歩道のほとんどはブナやトチの木々に覆われ日陰だが日向に出るとジリジリと暑い。折角、温泉で流した汗がまたもや噴き出す。
しかし、季節は秋へと向かっているようだ。私の住む場所ではいまだ見られない赤くなり始めたアキアカネを捕まえた。今日、釣りをした渓も18日からは禁漁となる。10月の中頃にはブナの森も色付き、そして白い世界がやってくる。
「こんどは泊まりでゆっくり来てよ」と先輩に言われた。
紅葉シーズン、あっちからこっちの縦走も気持ち良さそうだ。
雪の頃の露天風呂も良い。
新芽の季節だって最高。
そしてイワナ釣りの時期も。

次はどの時期にしようか。イワナは私には無理なのかなぁ。